第16回インフルエンザ夏季セミナー(第一報)
平成30年7月15日(日)
ご挨拶
日本臨床内科医会 会長 猿田享男
インフルエンザ夏季セミナーも今年で16回目を迎えることになった。ここまで努力をされてきた諸先生方に感謝申し上げる。
さて、平成29年の死亡順位で脳卒中は肺炎に次いで第4位になった。その原因としてインフルエンザがかなり関係していることが注目されている。もう一つ日本人の健康寿命は世界一であるが、問題は健康寿命と平均寿命の差で、現在はそれが10年近くある。健康寿命をいかに延ばすかということが重要である。その一つの対策はがんの早期発見と治療である。第2番目は糖尿病・高血圧・脂質異常症といった生活習慣病をいかにコントロールするかということ、3番目がインフルエンザをはじめとした感染症にいかに対処するかということが大切であり、厚生労働省健康局でも特に目を向けている。
今日のセミナーでは2017-2018年におけるインフルエンザの動向、そして特別講演として東邦大学の舘田一博先生と東北文化学園大学の渡辺 彰先生にお話しいただく。
講演1.「2017-2018年シーズンの日臨内インフルエンザ研究成績より」
―インフルエンザの流行状況とワクチンおよび抗インフルエンザ薬の有用性―
日本臨床内科医会インフルエンザ研究班 班長 河合直樹
2017-18年シーズンの流行状況は当初からA型とともにB型が大流行し、患者発生数はシーズンを通してB型がA型を上回ったが、これだけのB型の大流行は2004-2005年シーズン以来であった。A型は当初H1N1pdm中心であったがシーズン途中から香港型中心に変わり、かつB型はほとんどが山形系統であった。なおB型では従来の本研究結果と同様に両A亜型よりも最高体温は低い傾向にあった。
ワクチンはA型とB型を併せた全体では9歳以下と10歳代で、またA型単独では30歳代で有意な有効性を認め、さらにこのシーズン大流行したB型では9歳以下と10歳代で有効性がみられたほかに全年齢のMantel-Haenszel検定でも有効性(p=0.034)が認められ、本シーズンは特にB型で有効性が高かった。
抗イ薬としては新しい作用機序のキャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬であるバロキサビル(商品名:ゾフルーザ)が3月に薬価収載され使用開始されたが、日臨内研究では今季はまだ成人~高齢者で少数例に使用されたにとどまった。従来の4種類のノイラミニダーゼ(NA)阻害薬は例年とほぼ同様に、A型、B型ともに薬剤間で大きな有効性の差はなく、いずれもA型よりもB型ではやや有効性が低かった。これらのNA阻害薬に比してバロキサビルは症例数は少ないがB型では有効性はほぼ変わらないものの、A型では有効性が若干高い可能性が示唆された。ウイルス残存率は、H1N1pdm、H3N2、B型のいずれでもオセルタミビルよりもラニナミビルで低い傾向がみられたが、バロキサビルは未検討であり、来シーズン以降、検討を進めたい。
本シーズンはB型における肺炎合併が3例でみられた。一方、肺炎球菌ワクチンの接種率は65歳全体で50%を上回ってきており、今後インフルエンザに伴う肺炎の減少が期待される。
結語:本シーズンは久しぶりにB型が大流行したが、ワクチンは19歳以下のB型では特に有効性が高く、抗イ薬は新薬のバロキサビルを含めてA型ほどではないがB型でも一定の有効性を認めた。詳細は10月に日臨内から刊行予定のインフルエンザ診療マニュアル2018-19年版(第13版)をご参照いただきたい。
講演2.「2017-2018年シーズンの迅速診断キットの成績、ウイルス分離状況と耐性状況」
日本臨床内科医会インフルエンザ研究班 リサーチディレクター 池松秀之
2017-18年シーズンにも、この研究に多くのウイルス分離検体と血清が多施設から収集されました。ウイルスが分離された症例数は392例で、型・亜型の内訳は、H1N1pdm09が58例、H3N2が136例、Bが175例で、ウイルス分離の結果からも2017-18年シーズンの流行はBが主体で、H1N1pdm09とH3N2の流行もあったと思われます。
迅速診断キット陽性と判定された症例での陽性試験予測率は、A型で89.4 %、B型とで89.1 %であり、迅速診断キットの有用性は今シーズンも高いと考えられました。昨年、2014-15年流行期に迅速診断キットでは陽性と判定されたが、ウイルスがMDCK細胞で分離されなかったH3N2例が多かったことを報告しましたが、2017-18年シーズンは、迅速診断キットでは陽性と判定されたが、ウイルスが分離されない症例は多くありませんでした。H3N2ウイルスは抗原性の変化が見られることが知られていますが、その性質にも変化があるようです。
ワクチン接種前後のHI抗体価の比較では、ワクチン接種によりHI抗体価40倍以上割合は増えており、免疫学的効果はあったと思われます。の感染者では、急性期のHI抗体価が多くの例で40倍未満であり、40倍以上での感染者は少なく、ワクチンが感染の予防に有効であったと思われます。
日本ではインフルエンザの治療に4種のノイラミニダーゼ(NA)阻害薬、オセルタミビル(商品名:タミフル)、ザナミビル(商品名:リレンザ)、ペラミビル(商品名:ラピアクタ)、ラニナミビル(商品名:イナビル)が広く使用されていますが、これらの薬剤へのウイルスの感受性の指標であるIC50を調べた結果では、2017-18年シーズンのH1N1pdm09、H3N2、BのいずれのウイルスにおいてもIC50は過去と同様の値であり、耐性化の傾向はみられていませんでした。
特別講演2.「インフルエンザ診療の最新知識2018-2019」~新規抗インフルエンザ薬を含めて~
東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症開発研究部門 特任教授 渡辺 彰先生
わが国のインフルエンザ診療のレベルは世界トップである。国民皆保険体制の下、均質で公平、安価で迅速、かつアクセスの容易な医療を、モラルの高い医療者、特に最前線の医療者が献身的に担っているからであり、さらには、抗インフルエンザ薬の種類と供給量が多数・豊富であることがこれを支えている。
一方で、抗インフルエンザ薬の広範な使用で耐性ウイルスが蔓延するのではないか?と危惧する向きがある。しかし、オセルタミビル耐性ウイルスによるインフルエンザ発症であっても通常の症例より軽症であったり、入院を要する例が少なかったりという報告があり、さらには、耐性ウイルスによって困惑をきたしたという報告が殆どない。耐性の目安であるIC50値が現在の程度にとどまっている限り問題はないが、2008-2009年シーズンのオセルタミビル耐性ソ連カゼウイルスのようにIC50値が上がってくれば、抗インフルエンザ薬の効果は年少者から先に影響を受けて治療効果が低下してくると思われる。この所見は、日本臨床内科医会インフルエンザ研究班の観察成績(Kawai N, et al, J Infect 59:207-212,2009)等から演者が考察しているものである。
インフルエンザの最大の合併症は細菌性肺炎であり、スペインかぜにしろ2009年のパンデミックにしろ、死亡例の多くは肺炎によるものであった。インフルエンザ発症後に細菌感染を併発する例は高齢者や種々の基礎疾患・合併症を有する例に多くみられ、予後も不良となりやすい。このようなリスクを有する例では抗菌薬の投与を前向きに検討すべきであり、最大の起炎菌である肺炎球菌を主な標的とした抗菌薬の選択を行うべきである。
さて、アマンタジンを除いても、わが国で使用可能な抗インフルエンザ薬は6種類あり、これほど多種類の抗インフルエンザ薬を使える国はわが国だけである。殆どの国では使えるのがオセルタミビルとザナミビルだけであり、2018年7月現在でペラミビルが使用可能なのはわが国と米国、中国のみ、ラニナミビルとファビピラビルはわが国のみである。そうした中、2018年3月に承認されたバロキサビルは現時点ではわが国のみで使用可能であるが、既に米国FDAが承認しており、今後は多くの国で使用可能となる見込みである。また、以上の6剤中、ペラミビル、ラニナミビル、ファビピラビル、バロキサビルの4剤はわが国が開発した薬剤であり、抗インフルエンザ薬の開発においてもわが国は世界をリードしている。
バロキサビルは、ノイラミニダーゼ阻害薬とは異なるキャップエンドヌクレアーゼ阻害薬である。A型及びB型インフルエンザウイルスのキャップ依存性エンドヌクレアーザ活性を選択的に阻害し、ウイルスmRNAの合成開始を阻害することによりウイルス増殖抑制作用を発揮する薬剤である。血中半減期が長く、1回のみの経口投与により、5日間計10回経口内服が必要なオセルタミビルと同等の臨床効果を示すと共に、治療開始後2~5日にかけてオセルタミビルよりも有意に強いウイルス排出抑制効果の見られる点が最大のメリットと考えられる。
インフルエンザの治療では、抗インフルエンザ薬の早期投与が最重要である。当時、「新型」と言われたインフルエンザA(H1N1)pdm09が出現した2009年、わが国の早期治療の実施率は世界トップであり、主要国中最少の死亡率にとどまった。しかしながら、わが国の次に多く抗インフルエンザ薬を使用した米国は世界最大の死亡率を出してしまった。医学の最先進国でありながら医療保険の不備、その他がもたらす急性感染症への対応の困難性が甚大な被害につながったと思われ、平均の治療開始日がインフルエンザ発症の4~9日後という報告に米国の現状が垣間見える。我われは、自らのインフルエンザ診療のレベルに自信を持ち、さらに磨きをかけていくべきである。