(財)阪大微生物病研究会観音寺研究所 所長 奥野良信
A型インフルエンザウイルスが分離されたのは1933年で、直ちにインフルエンザワクチンの開発が精力的に進められてきた。最初は生ワクチンが開発されたが、実用化されたものはほとんどなかった。唯一生き残ったのはアメリカ、ミシガン大学のMaassabらの低温馴化株で、これを親株とした遺伝子交雑ワクチンが現在、生ワクチンとして実用化されている。生ワクチンは自然感染に近い免疫を誘導できるので、現行の不活化ワクチンよりも高い効果が期待されている。今後の研究により、その有用性が評価されるであろう。
現在、世界的に使用されているインフルエンザワクチンの大部分は、鶏卵で増殖させたワクチン株を不活化した不活化ワクチンである。ゾーナル超遠心機などの導入による高度に濃縮、精製されたワクチンで、極めて不純物が少ない優れたワクチンである。最初は全粒子型ワクチンとして開発されたが、小児に接種すると発熱などの副反応が起こりやすいなどの理由で、現在ではウイルス粒子をエーテルなどで壊したスプリットワクチンが使用されている。しかし、有効性は全粒子型の方が高く、H5N1などの新型インフルエンザの予防には全粒子型が用いられる。鶏卵を材料としたインフルエンザワクチンは、鶏卵の準備に制約があるため、新型インフルエンザによるパンデミック対策として細胞培養インフルエンザワクチンが開発されつつある。
昨シーズンより、A型のH1N1亜型とH3N2亜型の2種類、B型2種類を混合した4価のインフルエンザワクチンとなっている。B型には亜型はないが、抗原性が大きく違う2系統が地域的に流行するからである。ワクチン株と流行株の抗原性が大きく違うと、有効性がほとんで認められないことが問題になっており、抗原変異にも対応できるワクチンの開発が望まれている。
渡辺 彰(WATANABE, Akira)
東北大学加齢医学研究所抗感染症薬開発寄附研究部門
2009年の「新型」インフルエンザの際,日本感染症学会インフルエンザ委員会は世界に先駆けて抗インフルエンザ薬の早期からの積極的な投与を打ち出した。WHOやCDCは消極的な方針を表明したが,半年もせずに積極投与に変わった。日本以外の多くの国で若者を中心に死亡が激増したからであり,最多の米国は2010年2月中旬までで12000名の死亡を数え,世界最少の被害は死亡が200名にとどまったわが国であった。医学の最先進国の米国が最大の被害を出したのは,国民を包括する医療保険制度が不備なため,及び早期の対応が困難な医療体制のため,と思われる。一方,効率的な国民皆保険体制の下,均質・公平・迅速・安価な医療が可能で,且つ医療者の献身的な努力が大きかったわが国で被害が小さかったのは当然であるが,日本感染症学会がその後もインフルエンザ診療の考え方に関する計8回の提言を行ったことも与って力があったと考えている。
インフルエンザの診療では早期の治療開始が最も重要であり,初診時には重症化するか否かの見極めは困難なことが多いので,可能な限り全例に抗インフルエンザ薬を早期から投与したい。Muthuriら(Lancet Respir Med: 395, 2014)は,2009~10年のインフルエンザA(H1N1)pdm09に罹患して入院した世界の10,791例の30日予後を解析したが,抗インフルエンザ薬の投与開始日が発症後2日以内の群の生存率が最も高く,3日目,4日目,5日目,5日目以降と開始が遅くなるほど生存率が有意に低下し,早期投与の意義は明確であった。
2013-14シーズンの札幌を中心としたオセルタミビルに耐性を示すA(H1N1)pdm09インフルエンザウイルスによる小児発症10例の臨床解析(Kakuya F, Pediat Internat7:888, 2015)では,H275Y変異による同ウイルスの発症例は,変異のない18例に比し臨床像は軽微であり,入院を要した例は変異のない18例にのみ偏ると共に,2つの群の間でオセルタミビル投与開始後の解熱時間に有意の差はないなど,変異株による例の臨床像はむしろ軽微だった。耐性の程度(≒NA活性阻害の程度)に基づく判断が求められよう。